4.習熟度別クラス編成は学力向上につながるのか?(1) [自尊心]

日本でも徐々に増えているようだが、私立校を中心に習熟度別クラス編成が行われている。これは、混合型と違って、想定された能力に基づいて生徒をグループに分け、グループごとに教えるシステムだ。そして、学校の教育方針は長く固定されることが多いから、一度クラス編成が行われると、編成替えが行われることはまずない。これは一見合理的な制度のように見えるが、明らかに問題を抱えていると言わざるをえない。
それは、「脳は変わらない」という前提に立って教育が行われていることになるからだ。つまり「できる人とできない人がいる」という考え方にたって、それぞれに合った教育をしようというのだ。
このクラス編成をすることによって、例えば低・中・高にクラス分けした生徒すべてに低・中・高のレッテルを張ることになる。そうすることで、全体の成績を上げることができるのだろうか?「クラスを分けることで効率的に教育できるからすべてのクラスの成績が向上するはずだ」というのがメリットとして考えられるが、実際にはそうはならないはずだ。
何故か、それを自己イメージ心理学の観点から考えてみたい。
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3.学校で採用されている通知表は自尊心を育てる内容になっているのか?(2) [自尊心]

A君は、この期間(後期)数学(算数)の成績が60点だった。そしてクラス全体の平均点は70点だった。すると、A君の成績は平均以下で、成績表では5段階評価の2または3になるだろう。
ところが、前期では、A君の数学(算数)の得点は50点、クラスの平均点は65点だった。ここでも、A君の評価は2だった。しかしよく見ると、A君は50点→60点、クラスは65点→70点で、伸び率から見るとA君は20%、クラスは7.7%でA君のほうが高いことになる。つまり、A君はこの期間に頑張って成績を伸ばしたことになる。
現在の成績表は相対評価になっていて、この部分(どれだけ頑張ったか)が見えないのだ。場合によっては、A君はクラスの中では一番伸びたかもしれないというのに。
それでは、点数(これは成績表には表示されない?)にはどんな意味があるのか?
「学期中に学んだことで、どこを理解していて、どこを理解していないか」、さらに「前に進むためにはどこを復習する必要があるか」につぃて本人や家族に具体的に知らせるために必要なことだと思う。単に点数を表示するだけではこれは見えてこない(相対評価では一層見えにくい)。
このことは、点数を表示しなくても工夫できるはずだ。それを具体的に指摘することが本人の「成長」のために必要なことだ。生徒の一人一人の「成長」を願うのなら、成績表は見直されてしかるべきだろう。
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2.学校で採用されている通知表は自尊心を育てる内容になっているのか?(1) [自尊心]

最近の通知表なるものを見ないで想像で書いているところがあるので、実態に即していない点があればご指摘ください。いつでも訂正の用意があります。
ところで、自尊心の高い人には次のような特徴があった。
・「ありのままの自分を受け入れて、もっとよくなろうと「成長思考」をする。そして、評価基準を(他人と比較することではなく)自分自身に求め、時間の経過のなかで、どれだけ成長できているかで評価しようとする。」
この基準から現在の通知表を見ると、明らかにそれ(成長思考の考え方)とかけ離れた内容になっているように思われる。すなわち、現在の通知表では、一人一人の学期中の評価はクラス全体の中でどうだったかという比較の基準(相対評価)で評価されることになっている。
ただし、これでは抽象的なので、次回に例を出して説明したい。
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1.自尊心についての質問に答える [自尊心]

前回、「マインドセットと自尊心」についての投稿の「最後の提言」のところで、「家庭でも学校でも自尊心の高い子どもを育てる必要がある」と書いたところ、読んでいただいた方から以下のような2つの疑問・意見が寄せられた。
① 学校で採用されている通知表はその趣旨に沿っていないのではないか
② 習熟別クラス編成は学力向上につながるのか
これらはいずれも難しい本質的な問題で、私も以前から問題意識としてもっていたので、これらについて自尊心との関連で改めて考えてみました。ただし、それぞれ長くなるので、次回から一つ一つ取り上げることにします。
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15.ストレスを感じるのは大切なことをやろうとするからだ [ストレスを味方につける]

これまで見てきたように、チャレンジ反応は適度のストレスがあるときに起こってくることで、このときアドレナリンをはじめとするストレスホルモンの量が増えて、力が湧き、集中力が高まります。
マクゴニガル教授も、「ストレスとは、自分にとって大切なものが脅かされたときに生じるものである」と定義していますが、この定義からは、ストレスのある重要な側面が見えてきます。すなわち、「ストレスと意義とは密接な関係がある」ということです。
どうでもいいことに関しては、ストレスは感じませんし、有意義な人生を送りたいと思ったら、ある程度のストレスは付きものだということができます。
それを自覚できれば、ストレスを受け入れて味方につけることこそ、やりがいのある人生に求められる新しい生き方ということができるのです。
したがって、この草稿の冒頭に述べた、アファメーション(AF)を実行することにストレスを感じる環境は、実は行動を促すチャレンジ反応にあたるということができます。自分にとって大切なことを目標として設定すれば、目標と現状とのギャップを前にして感じるストレスはむしろ行動のエネルギー源になるということです。思い切ってチャレンジしましょう。
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なお、「ストレスを味方につける」については、今日で終了しますが、実は、前回の「マインドセットと自尊心」について、思いもよらない重要な質問が届いていて、次回以降はそれに答えることを予定しています。

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14.チャレンジ反応―ストレスと生産性の関係(2) [ストレスを味方につける]

ちなみに、ストレスの有益面をさして「快ストレス」(eustress),有害面をさして「不快ストレス」(distress)と呼ぶこともあります。これは脳の働きと関係しています。すなわち、快感神経からドーパミンが分泌されるのは、「難しすぎない、易しすぎない」課題に適度の緊張感をもって取り組んでいるときだということです。
したがって、先述したストレスと生産性の図は、成功の確率とやる気の関係を表示した図(逆U字カーブ)と重なっていることがわかります。
このように、ストレスレベルからみて、心身が効率よく、気持ちよく動く度合いには一定のゾーンがあるということが見えてきます。
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13.チャレンジ反応―ストレスと生産性の関係(1) [ストレスを味方につける]

チャレンジ反応については、他の研究者によるいくつかの研究がありますが、ここではその一つを紹介します。
まず、ストレスの量と生産性(パフォーマンス)について研究した人たちがいます。アメリカの心理学者ロバート・ヤーキーズとジョン・ドットソンの2人です。
彼らによれば、生産性はストレスがあり過ぎても落ちるが、なさ過ぎても落ちる、適度のストレスがあるとき生産性が上がるといいます。たとえば、大切な会議でプレゼンをすることになっていて、適度な緊張から注意力や集中力が高まり、プレゼンの本番で成功するというケースがそうだ。しかし、ストレスと生産性との正の相関関係は、ある一定のところまでしか続きません。そして、ストレスがある一定のレベルを超えると、生産性は低下します。
そして、時間に追われるとか、過労、責任の増大などのストレスが高じると、仕事の生産性が落ちるばかりか、燃え尽き症候群になって仕事が手につかないことが出てきます。
一方、ストレスがなさ過ぎては退屈を感じるだけでやる気も起こらないし、効率は上がらない。すなわち、ストレスがないと何の張り合いもなく、やる気が起こらないということです。そのため、新たな行動を起こすことはありません。
このようにして、ヤーキーズとドットソンは、下記の図(省略)のように、ストレスと生産性は「逆U字カーブ」を描いているといいます。そして、この関係は2人の名前を冠して「ヤーキーズ・ドットソン法則」と呼ばれています。
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