マスコミのコロナ報道を考える [日記]

新型コロナウイルスが発生した後のマスコミの報道を見ていると、感染の波が繰り返されて感染拡大が起こると途端に元気になり、報道をしてきたように見える。
すなわち、α株から始まり、β株・・・δ株と変異するたびにマスコミは手を変え、品を変えて精力的に報道に力を入れて来たといってよい。
そして現在は、オミクロン株が登場しまた元気を取り戻して取材を競っているように見える。
最近は、国内だけなく世界に目を向けて感染状況と対応策を取材して日本と対比して報道しているから面白いと言えば面白いが、なぜ感染状況に違いがあるかという現地の事情までは取り上げず、日本でやっていないことを外国でやっている対策があると、「なぜ日本でできないのだ」とすぐに日本政府の政策を批判しはじめる。その態度が「我こそは正義なり」ということだから目にあまるものがある。本来マスコミは現実を正確に映す鏡になるべきだと思うのだが、ネガティブなことを大きく見せる拡大鏡のような役割を果たしているように見える。外国と比較するときは基準を明確にして、例えば対10万とか、人口を考慮に入れた比較をしてほしい。
それと、番組に素人のコメンテーターを登場させて、いかにも知ったかぶりの発言を引き出しているのは気にかかるところだ。


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