三分咲きの都心の桜 [季節]

都心では15日に開花宣言が出たが、もう三分咲きぐらいになってきた。
事務所のある茅場町には、このような桜並木と言われるようなところがある。昼時になると食事客で賑わっているが、気温が高くなると、上着を脱いだ人たちが三々五々散歩しているのが目につくようになってきた。今週末には満開になるという予報が出ている。
(注)写真省略


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オリンピック開催は大丈夫か? [日記]

パンデミックの中心がヨーロッパに移ったことで、コロナウイルスの感染が全世界に広がってきた。そしてオリンピック開催の延期があちこちでささやかれるようになってきた。
国内の世論調査でも、開催できないとする意見のほうが多くなってきた。
IOC会長は公には予定通り開催すると発言しているが、一方で、WHOの見解に従うとの見解も表明している。おそらく開催の条件は、まず①開催国である日本で感染を収束させることができること。②参加国である海外においてもピークが過ぎたことが確認できること。③時期は、開催する7月24日から数えてXヶ月前(2ヶ月前?)にそれが現実的になること、という条件がつけられよう。それが可能かどうかは中国の事例が参考になるだろう。中国は2~3月の2ヶ月で押さえ込むことに成功している。これと同じことができる(できない国のほうが多かろう)としたら、5月末には抑制できているはずだ。これならぎりぎり間に合うことになる。それが現実的なのだろうか。

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雪の中の開花宣言 [季節]

3月14日(土)、東京地方は冬に逆戻りしたような寒さとなり、みぞれの降る中での開花となった。気象協会からは、今年は暖冬で、桜の開花も大幅に早まりそうだという予報がでていたが、予報通りの開花になった。昨年よりは7日、平年よりは12日も早くなったという。
この調子だと、満開になるのは23日ごろで、それも記録的な速さだという。
ただし、今年は新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐために、花見は自粛することになるのだろう。せめて、シートを敷いて飲食するのは止めにしても、素通りするぐらいの花見はしたいものだ。


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ギリシャでの聖火の採火式 [日記]

 東京五輪の聖火の採火式が12日、ギリシャのオリンピアで行われた。会場には、関係者だけが出席して(無観客で)行なわれたが、IOC会長からもはっきりと東京五輪を行なうとの明言があった。もう東京五輪は始まったと見るべきだろう。
古代ギリシャの様式に則って厳かに採火された聖火は第2走者の野口みずきさん(ギリシャ五輪のマラソンで優勝)の手に渡り、約200mを走って第3走者に渡された(ここまでTV放映された)。この後、聖火はギリシャ全土を巡り、20日には日本に到着する予定だという。そして、26日から国内での聖火リレーが始まる。ここまで来たからには東京五輪は予定通り開催して欲しいものだ。
一方で、新型コロナウイルスのパンデミックが宣言され、これをいつ抑制できるかが問われているだけに微妙な問題になっている。

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花粉光環 [季節]

昨日(11日)は、晴れて都心の気温も20℃に達したという。そのため、花粉光環という
花粉症に縁のある人にとっては、あまり有難くない現象が起こった。それは、「太陽の周りに虹色の輪が幾重にも見られる現象で、空中に漂うスギ花粉が太陽の光を回折させる(光を曲げる)」ことから起こると言われている。見た目にはきれいでも、花粉症の人間にはまともの見られない現象だといっていい。これが現れるということは、大量の花粉が飛び交っている証拠でもあり、花粉症を患っているものにとっては赤信号になるものだ。なんとか早く終わって欲しいものだ。

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今日も無事だった [コロナ]

政府が打ち出した「(コロナウイルス感染は)ここ1~2週間が正念場だ」という2週間が過ぎても感染は止まる気配は無い。1日が終わると「今日も無事だったようだ」という思いがする。毎日どこそこで何人新型コロナウイルス感染者がでたというニュースが飛び交うのを見ていると、「自分は大丈夫だろうか」と思ってしまう。そして見えないウイルスがどこにいるのか解らないだけに余計身構えてしまう。一方で、確率の問題だから、気をつければ大丈夫だろうという思いもある。クラスター感染しそうなところに近づかなければかなりの程度防止できると思いたい。それでも感染源に近づく人がいるのだから始末に負えない。「自分は大丈夫だ」という思い込みが感染を拡げることになるのだ。

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東日本大震災から9年 [日記]

明日(3月11日)は、東日本大震災から9年になる。もうそんなに経ったのかという思いがあるが、当事者の皆さんからみれば、まだ9年かという思いに違いない。まだ行方不明者が2529人もいらっしゃることを考えればなお更のことだろう。
ところが、11日に予定していた政府主催の追悼式典が中止になった。新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐためとはいえ、寂しい日となりそうだ。式典はなくても、一人ひとりの中では心からの祈りがあるに違いない。

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